ギンイロノナミダ - Essay

Essay

41.歌姫

歌う君の姿を初めて見たのは、ちょうどこんな寒い冬の夜だった。

仕事の付き合いでちょっと飲んで、仲間と別れてひとり、気分良く夜の街を歩いてた。 川に架かる橋の真ん中、ギターをかき鳴らしてる君がいた。 2、3人が足を止めて君の歌を聴いていた。 僕は気にせずにそのまま通り過ぎようとしたそのとき… あのメロディは今でも強烈に覚えている。 張りのある声に思わず足を止め、それからしばらく君の歌に聴き入っていた。 歌い終わるたび君は少し照れた笑顔で「ありがと」と小さな声で、 けれど大きく頭を下げたので僕も思わず頭下げてしまって。

「今のは、君の歌?」
「そうです…けど?」
「…うん、すっごく良かった。感動したよ…なんて言うか…
きっとこの歌はホントは誰か一人の為に作られたような気がするんだけど…僕の勘違いかな…?」
「…分っちゃいました?」舌をちょっと出して照れる君。

それからしばらく君と話をした。 さっきの歌は大切な人の為に作った歌だと君は言った。 「恋人?」僕が尋ねると君は曖昧に笑うだけで答えてはくれなかったけど。

その日から僕はお酒を飲まない週末でも君の歌を聴きに行った。 君の周りにはいつも2、3人の人が聴き入っていたけど、 毎日のように訪れる僕に君はびっくりしてたみたい。

でも、僕もびっくりしてたんだ。 歌うたび君は輝きを増すようで、そのうち僕らの前からいなくなってしまって、 どこか別の世界へ行ってしまうんじゃないかって不安もあったけど、 君は相変わらずギターを弾いていて、素敵な歌を歌いつづけていた。

年末になり僕も仕事が忙しくなってなかなか君に会いに行くことが出来なくなった。 仕事が夜遅くなるときはいつも、君の歌が頭の中で流れてた。

年が明けてやっと時間が取れた日、君の歌を聴きに どちらかと言うと君に会いに、はやる心を押さえつつ、足早にあの橋へと向かった。 君は相変わらずそこに居て、僕を見つけると大きく手を振って笑顔で「待ってたんだよー」と笑った。

「ごめんねー、仕事忙しくってさ。でも待っててくれたのってすっごい嬉しいね。何かいいことあったの?」 僕が尋ねると君は得意そうに鼻をこすり、 「いいことあるのは君の方だよ。君の為に歌作ったんだ。…聴いてくれる?」 何て素敵なことだろう!僕の為に君が歌を作ってくれて、おまけに歌ってくれるだなんて!
「もちろん!聴かせて!」

心の隅々まで暖かい手のひらで包まれるような、そんな優しい歌だった。 君が歌い終わった後、僕は涙を流している自分に気が付いた。

「どうしたのー?らしくないよぉ…」
「あ、ゴメン…なんか…思わず……ゴメン……
でも、すっごく良かった…うん…もう良いって言葉しかでないよ……」
「…ありがと…」 また君は大きく頭を下げた。

「あのさ…一つ聞いていい?」
「うん…?何? あ、そういえば君からの質問って初めてだね。」
「あ、ホント、そうだね…」 君は恥ずかしそうに笑う。
「で、何?」
「うん…あのね…あたし……ここで歌うの、今日が最後なんだ……」
悪いニュースはいつも突然やってくる。僕は思わず大声を出してしまった。
「ええっ!本当?どっか行っちゃうの?」
「うん…今のままじゃ、多分このまま終わっちゃいそうな気がするから…勝負してみようと思ってさ…」
「そっか…残念だけど君にとっては良いことだね。しっかり頑張ってきなよ!」
「うん…で、質問なんだけど…今夜は時間大丈夫?
最後だからおしまいまで聴いてって欲しいなって思ったんだけど…?」
自分の顔が熱くなる。 「何勘違いしてんだ、バカ」って心の中で自分を諌めても、思わず笑顔になってしまう。
「喜んで。じゃ、終わったらメシでも食いに行こうか?君のこれからを祝ってさ。」
「祝うにはまだ早いよ。」 君は苦笑い。
「健闘を祈って、でしょ?」

真冬の空の下、君は歌い続けた。足を止めて聴いてくれる人もいつの間にか増えて、 君がこんな街角で歌ってるのはもったいないような気がした。 君を誇りに思うと同時に少し淋しい思いが胸をよぎった。

夜もすっかり遅くなって、小さなラーメン屋で二人向かい合って座る。 この前まで全く接点のなかった二人が、今こうして一緒にラーメンをすすってるのも奇妙なものだ。

「行くあてってあるの?」
「うん…友達いるから。しばらくはそこに厄介になるつもり。 そんでバイトしながら歌作って…夢はメジャーデビューだね…。」
「そっか、頑張れよ。いつまでも応援してっからさ。 あ、そうだ。CD出たら真っ先に教えろよ。10枚ぐらい買ってやるからさ。」
「あはは、いいよー、そんなに。…でもデビューしたら真っ先に教えるね。
なんてったってあたしのファン第1号だからさ。」

ラーメン代ぐらい払うよって言う君を「餞別代りだよ。これぐらいで悪いけど。」なんて言ったら 君は「それじゃ、大物になって恩返ししなきゃねー」って笑ってた。

最後にまた会おうって握手して別れた。 別れ間際、君が「これ帰ってから聴いて」と封筒に入ったカセットテープを1本、僕にくれた。
「ありがと、大事にするよ。じゃ、またね。」 簡単な別れだった。

部屋に帰って封を開け、テープを取りだしてデッキに入れた。 そのとき封筒の中から手紙が落ちた。 僕は君の歌をバックにその手紙を読んだ。

『親愛なるファン1号様(笑)

こうして手紙を書くのは慣れていないので、正直なんて書いていいのかわかんないけど、 そしておそらくとりとめもない文章で読みにくいかも知れないけど、最後まで読んでもらえると嬉しいです。

あたしがあの場所で歌い始めたのは、とても大切な人がいて、その人と別れてしまって、 でも想いは捨て切れなくて、切なくて切なくて、毎晩泣いて叫んで、それでもその想いは彼に届かないと気付いたから、 外に出て歌っていればいつか彼に会えるんじゃないかって、そんな風に考えたからです。 小さな頃から歌うのは大好きだったし。

でも、それでも彼に想いは届きませんでした。当然ですよね。彼はこの世にいないんだから。

届かない想いを歌うのはやっぱり苦しいけれど、歌わなければもっと苦しくなる。 だからあなたに「大切な人の歌」って聞かれた時、ビックリしたけど、 伝わる人には伝わってるんだなって、初めて安心しました。

あなたといるとあたしは心が落ち着きました。 あなたが聴いてくれると思うだけで自分の声が響くのがよく分かったし、 あなたが来ない日は「もう少しだけ歌ってたら来るかも」って期待して、終電ギリギリのこともありました。

あなたと出会ってから、あなたはあたしの心の支えでした。 あなたの為に作った歌はあたしからの感謝のしるしです。 ホントはそんな回りくどい言葉で表さなくても、もっと簡単な言葉で言えるんだけど、 それを言ってしまうと、今のあたしは決心が鈍っちゃいそうなので…

これからもあたしは歌い続けます。
あたしの歌を届けたい人がいるから、その人のために歌い続けます。

だから、ちゃんと受け取ってください。

これからもお仕事頑張って。体壊さないようにしてくださいね。

かしこ 』

悔しかった。

君の気持ちに気付いていたのに、自分の気持ちを殺してた僕がとんでもないバカに思えた。 でもここにいちゃ君は夢を叶えることができないから。 僕に出来ることは君を遠くから応援することだけなのか? いや、そうじゃない。 君のメッセージをしっかりと受けとめなきゃ。それこそが君の想いに応えることだと思った。 いつか、君が僕のためじゃなく、みんなのために歌う日が来ても、僕はずっと変わらず君を応援し続けるから。 そしてみんなのために歌う君を誇りに思える日が来ることを心待ちにしていよう。


街角で歌っている少年に「頑張れよ」と声をかける。 白い息を吐きながら「ありがとうございます。頑張ります!」と彼は深く頭を下げた。

今頃君も同じ空の下で歌ってるんだろう。 星空の隙間から君の歌が聴こえるような、そんな凛とした冬の夜。

Inspired by "歌姫" from Album「小さな丸い好日」/ aiko

(2000.12.22 2002.5.17再アップ)