ギンイロノナミダ - Essay

Essay

53.恋人

2本目のタバコが灰になる頃、僕はようやく部屋に帰りついた。
今ごろ君を乗せた電車は知らない町へ君を運んで行くんだろう。

久し振りに友達と馬鹿騒ぎして、気分良く帰ってきた午前2時。
部屋の灯りが消えているのを気にも留めず、そのままベッドに倒れこんだ。
テーブルの上の君の書き置きにも気付かずに。

翌朝、左手に君の体温を感じなかった僕は慌てて飛び起き、
けれど次の瞬間、「痛っ…!」
二日酔いだ…確かに昨日は飲みすぎた気もする。
とりあえず水を飲もうとキッチンへ。

コップの水を一気に飲み干したあと、テーブルを見るとなにやらメモが。
いや、メモというより書き置きか。
見慣れた、あまり上手とは言えない君の文字。
「しばらく帰らないから」
何度読み返してもそれ以上の文字はなく、僕の頭の中は真っ白になった。

慌てて君の携帯電話にコール。
2回…3回…4回…
コールがなかなか途切れない。
もう一度かけ直そうかと思ったとき、「…もしもし…?」
小さく君の声が聞こえた瞬間、馬鹿みたいだけどホッとして涙がこぼれそうになったんだ。

「もしもし、俺だけど…今どこにいるの?」
「…今は…言えない…」
「言えないじゃないだろっ!心配してんだよ。どこなんだよ?」
「…駅…」
「…わかった…今から10分くらいでそこ行くから、着いたらまた連絡するから待ってんだよ。」
「…うん…」
君の声はだんだん涙声になっていった。
僕は車のキーをつかんで、飛び出した。
もう二日酔いもすっかり覚めてしまった。

駅で君を見つけたとき、君の髪はボサボサで、頬には幾筋もの涙のあとが。
「そんなカッコじゃどこにも行けないだろ。とりあえず乗りなよ。」
君は素直にうなずいて、僕の後に従った。
いつもの元気な君の姿はなく、小さい君がいつもより小さく見えた。
そういえば、君をこんなに真っ直ぐに見るのって久し振りのような気もしたんだ。

部屋に着いて、僕らは床に座り、ただ言葉もなくお互いを見つめることさえもできなかった。
感覚で分かっていた。
口を開けばそれがお互いを傷付け合うということを。
そっと君をみる。
前より少し伸びた髪。
見たことのないジーンズ。
痩せた頬。
初めて見るような視線を投げる僕に君はようやく口を開いた。
「…ずっとね…考えてたんだ…」

君が語ったことは的確に僕を傷付けた。
いや、それは正確な表現じゃない。
僕が君を傷付けていたことを的確に僕に伝えてくれたんだ。
それは誤解やすれ違いの結果に生まれた歪だった。

一息ついて君は小さく呟いた。
「…もう嫌いになったんでしょ…?」
「そんなんじゃないっ!!」
思わず声が大きくなってしまった僕を、君はビックリした目で見つめたあと、
静かに涙を流し始めた。

「ごめん…大きな声だして…怒鳴るつもりはなかったんだけど…」
君はゆっくりと、それから激しく首を横に振ったあと、しぼり出すように
「…もう…このままじゃ…私たちダメになる…。」
小さく、けれどはっきりとした声で言った。

このまま二人で一緒にいたって同じことの繰り返しかもしれない。
ただ、君ともう一度やり直したい。
そのためには僕らにはもう少し時間が必要だった。
お互いが一人になって考える時間が。

君がいなくなったこの部屋は少し気温が下がった気がする。
それは僕に君が必要なのだと思わせるための錯覚かもしれない。
ただ、もう少し考えてみよう。
君が戻ってくるまで。
僕はこの部屋でずっと君を待ってる。

最後に見せた君の笑顔を信じてる。

Inspired by "恋人" from Album「ゆっくり風呂につかりたい」/ KAN

(2002.8.15)