ギンイロノナミダ - Essay

Essay

70. 祖母の家

祖父が亡くなり、一人で残された祖母は一人でその古めかしい家に住んでいた。老人の一人暮らしは大変だろうからと両親をはじめ親戚一同は祖母に一緒に暮らそうと話を持ちかけたが、祖母は子供達の負担になるのがイヤだからと頑なにその家に住み続けた。

父に連れられ僕が遊びにいくと、祖母は相好を崩して喜んだ。僕は祖母が好きだったが、その古い家は好きではなかった。薄暗い部屋に丁寧に配置されたアンティークの家具。微動だにせずまるでこちらを見つめるような肌の白いフランス人形が怖かった。
「おばあちゃん、あの人形、怖いよ。」僕は幾度か祖母に訴えたが
「怖くないよ。あれはおじいちゃんのお土産なのよ。綺麗でしょう?」と、人形を膝に抱え、まるで自分の子をあやすかのように目を細めるのだった。

祖母の話に出てくる祖父しか僕は知らない。祖父は若い頃、欧米を旅行し、その魅力に取り付かれ、いい年をしてというのも失礼だと思うが、当時は海外に何度も足を運んでいたらしい。僕が生まれたときは祖父母は大層喜んだらしいが、僕が物心ついた時には祖父は既にこの世を去っていた。僕の名前は祖父が付けたものらしく、小さな頃はこの仰々しい名前が好きではなかったが、祖母は祖父の名からとった僕の名前を気に入っており、10数人いる孫の中でも特に僕を贔屓にしていた気がした。

その祖父母の家が取り壊される。僕が就職4年目にしてようやく結婚を決め、実家を出るのと入れ替わるように祖母が両親の家に越してくることになった。披露宴を1週間後に控えた日曜日に僕と婚約者はその家を見に行った。

重機が庭に入るとその家は小さく見えた。子供の頃は大きくて暗くて怖かったその家も今では所在をなくして小さく肩をすぼめているかのようだった。祖母は黙って取り壊す作業を見ていたが、突然わっと泣き始めた。「お祖父さん!お祖父さん!」と泣き崩れる祖母の肩を抱きとめたのは僕の婚約者だった。

帰り道の車の中、僕と婚約者はただただ無言で過ごした。壊される家。泣き崩れる祖母。運び出されたアンティークな家具。祖父母が愛した家。僕らを黙らせるに十分な時の重みがそこにはあった。
「本当はさ…。」婚約者がぽつりと口にした。
「お祖母さんは…子供に負担をかけたくないとか、家が好きだからとかは言い訳だったんじゃないかな。誰よりも…そして今でも、お祖父さんの事が好きだったんだと思う。」
呟くように話す彼女に「そうだな。」と短く答え、前を向く。

婚約者を自宅で下ろしたとき、
「あんなお祖母さんになりたいな。」と彼女は呟いた。
「幸せにしてね、欧英(たかひで)」
僕は彼女をぎゅっと抱きしめ、おでこに軽くキスをした。


ドリーマーに100のお題より 017:負担 036:アンティーク 060:怖い 100:すき

(2003.10.1)