ギンイロノナミダ - Essay

Essay

73.夏休みの思い出

今年の夏休みはなんとなく夏らしくなくて、宿題もやる気が起きず、毎日だらだらと過ごしていました。 弟が夏休み前に事故で骨折して入院していたので、楽しみにしていた家族旅行も行けなくなってしまいました。 友達はみんな田舎のおばあちゃんちに行ったり、サエコちゃんなんて「夏休みはハワイなの!」なんて言ってたし、 マキちゃんやユカちゃんに電話をかけて遊びに行こうとも思ったのだけれど、 出かけてますって言われるのが怖かったので、結局その日は夕方まで家にいたのです。

電話がかかってきたのは夕飯を食べているときでした。 お母さんが「マリちゃん、電話よ。」と言うので、頬張っていた玉ねぎの天ぷらを慌てて飲み込んで、 電話に出てみるとそれはユカちゃんからでした。
「マリちゃん、今夜空いてる?」とユカちゃんが言うので、 お祭りか何かだろうかと思って、わくわくしながら「空いてるよ!」と答えると
「じゃあさ、学校できもだめししようよ。」なんて言うのです。
「…他に誰が来るの?」と訝しげに聞いてみると、
「マキとヒロミとあたし。男子はタカユキとエージとみっくんとそれから…」 私はどきどきしながらユカちゃんの言葉の続きを待っていました。
「オオタク。」心臓がどきんとしました。

オオタク-大村卓治。
私はオオタクのことが好きでした。 中学生になって初めての教室で隣に座っていたのがオオタクでした。 学区外から入学した私には友達が全然いなくて、 休み時間に一人でぼんやりしていたら話しかけてくれたのがオオタクだったのです。 オオタクのお陰でクラスにも馴染むことができて、友達もたくさんできました。 オオタクはいつも輪の中心にいて、それでもみんなに気配りを忘れることがなくて、 引っ込み思案な私にはオオタクはいつも眩しくて憧れの存在でした。 そんなオオタクに会えるのならば、夜の学校は少し怖い気もしたけれど、すぐに行くからと電話を切って、 少しでも可愛く見えるようにとお気に入りのワンピースを着て、 はやる気持ちを押さえながら、足早に学校に向かいました。

学校の校門前にはユカちゃんたちが待っていて、 オオタクが「おぉマリ!久し振り~!」なんて笑って手を振るのがなんだかとても嬉しくて、 私もみんなに手を振りながら駆け出していました。 私が着いて5分後にはみっくんとヒロミちゃんとタカユキが来て、8人全員が揃いました。 「よぉし、それじゃ今からルールを説明するぞぉ。」 オオタクが私たちの担任の先生の真似をしながら言うので私たちは顔を見合わせて、 それから弾けたように笑いました。

ルールは男女ペアで校舎に入ること。
1階の理科室の前を必ず通ること。
3階の視聴覚室がゴールになること。
簡単なルールを説明した後、オオタクがくじ差し出して、みんなに引かせました。 男女ペアになるようにオオタクが作ってきたくじでした。私はオオタクとペアになりたいのだけれど、 きっと二人きりでは上手くしゃべれないだろうから、エージとなら上手くしゃべれるんだけどな、 なんてどきどきしながらくじを見ると4番と書いてあり、 女の子の1番はヒロミちゃん、2番がユカちゃん、3番がマキちゃんで、 男の子は私たちの番号を確認した後、順番に手を挙げました。1番はみっくん。 2番がオオタク。3番がタカユキ、4番がエージだった。 オオタクとペアを組むことができなかったのが残念だったけれど、 エージならいつも喋ってるし、緊張することもないかななんて考えていました。

「じゃ、1番!道雄&ヒロミ、行って来ます!」
みっくんとヒロミちゃんが手をつないで校舎の中に消えていくのを確認してから、 2番目のオオタクとユカちゃん、そしてタカユキとマキちゃんがそれに続いて行った。 最後に取り残された私たちは、急に口数が少なくなって、早くみんなに追い付きたかったのだけれど、 前のペアが消えて5分後に出発ってルールだったので、エージと二人でぼんやり星を見たり、 時計を見たりしながら5分を過ごした。

「そろそろ行こっか。」エージは立ち上がって私に手を差し出したので、 私はエージの手を握って夜の校舎の中に入って行きました。夜の校舎はしんと静まり返っていて、 私たちの廊下を歩く足音が校舎全体に響いていました。 普段見慣れているはずの校舎なのに、まるで悪魔のお城に入ったかのような雰囲気があって、 火災報知器の赤いランプが炎のように見えたりして、 私は来なければよかったなんて考えたのだけれど、エージがいるから大丈夫かなとも考えて、 私はエージの右手をぎゅっと握り締めました。 エージは普段はよく喋るのに今日は全然喋らなくて、 私も男の子と手をつなぐなんてシチュエーションで緊張してしまって、 それに暗闇の怖さも手伝って、ずっと黙り込んだまま、並んで歩いていました。 理科室の前を通るとき、いろんな動物の標本や人体模型が並んでいるのが怖くて、 更に強くエージの手を握り締めたら、エージが「怖い?」と聞くので、 怖いけどエージがいるから多分大丈夫だよと答えたら、「多分ってなんだよー」って エージが怒った真似をしたのが可笑しくて、それからようやく気分も軽くなって、 ようやくいつものように話ができるようになって、 二人でいろんな話をしながら3階の視聴覚室を目指しました。

「もうみんな待ってるだろうな。」ってエージが言ったときにようやく私はみんなのことを思い出して、 みんなに会えるのは嬉しいのだけれど、もう少しエージと一緒に話したかったななんて考えていたら、 エージが「もう少し遠回りしていく?」って言ったので、うんって頷いて、 そのまま回れ右をして、二つ隣の教室に入りました。 暗幕のように見えるのは暗闇に染まったカーテンで、 そのカーテンを開けると月の光が教室の中に差し込んで、 場違いだとは思ったのだけれど、うわぁなんて思わず声を出してしまいました。 二人で窓の外を見ながらまたいろんな話をしたのだけれど、 エージは「うん…」とか「そう…」とか、また暗いエージに戻ってしまったので、 どうしたの?ってエージの顔を覗き込んだら、エージは急に真剣な顔になって、 実は今日のきもだめしはマリと二人っきりになりたかったから俺が考えたんだとエージが話し出した。

それからエージの話はよく覚えてないけど、エージは入学したときから私のことが好きだったと言って、 夏休み前に告白しようとしたけれど、結局何も言えなくて夏休みになってしまって、 みんなにも、私にも会えなくて、それでも突然誘うのは恥ずかしくて、 それでこうして企画したんだと言った。私は突然のことでびっくりしてしまい、 顔が耳まで赤くなるような感じがしたのだけれど、 この月明かりではそこまでエージには分からないだろうと思い、 少し安心したのだけれど、エージに付き合ってほしいと言われたときには心臓がどきどきとしてしまい、 頭の中でいろんなことがぐるぐると巡って、声を出そうと思ったのだけれど、 喉が渇いて声にならなくて、 そんな私を見てエージは「返事は急がないよ。行こう。」と行って教室を出て行こうとするので、 私も慌ててエージについていきました。

視聴覚室にはみんなが既に待っていて、遅いよーとか心配したよーとか言われて、 私はみんなにゴメンゴメンと謝りながら、少し落ち着きを取り戻して、 それからみんなで校庭に出て、花火をしたのだけれど、エージと目を合わせるのが怖くて、 ずっとユカちゃんやヒロミちゃんやマキちゃんと一緒に小さな花火をしていました。

そろそろ帰ろうかという頃に、私の家と同じ方向のオオタクと一緒に帰ったのだけれど、 本当はエージに送ってもらえば良かったかな、 なんて考えてたらオオタクがぽつりと「エージはいいヤツだよ」なんて言うので、 知ってるよって答えたら「そっか」と言って、また黙ったまま自転車を押して歩き出しました。 数時間前までオオタクに憧れてたのに、今隣にいるのに全然どきどきしなくて、 私はエージのことばかり考えていました。「それじゃ」ってオオタクに家まで送ってもらって、 オオタクが自転車に乗って夜道に消えていくのを見届けてから、部屋に戻って一人になったときに、 やっぱりエージの顔が浮かんできて、急にエージの声が聞きたくなってしまって、 すぐにでもエージにさっきの答えを言いたくて、アドレスをめくってエージの電話番号を調べました。 エージの番号をダイヤルしているときに、 そのうちアドレスをめくらなくてもこの番号を覚えるんだろうな、なんてぼんやりと考えていました。

ドリーマーに100のお題より 041:悪魔、062:暗幕、065:自転車に乗って、086:だらだら

(2003.10.4)