D is for DDR

夢見る頃を過ぎても

DDR

PARANOiA MAX!(偏執病最大!)<挨拶

マナブです。僕秩のパクリからスタートです。

1998年12月18日金曜日、俺が初めてDDRをプレイした日です。この日から約1年間、ほぼ毎日踊り狂っていました。いや、正確には踊らされていたのかもしれません。過去ログを漁ってみたところ、99年5月にDDRチームDazaifu Deadly Dancers、通称Triple-Dを結成。同年8月にたかがゲームのために大分遠征。9月にはトリアス久山での大会で2位に入賞しているようだった。どんだけ頑張ってんねん20代の俺。

概算で申し訳ないが1プレイ200円を週4日、1日10プレイ踊っていたとして52週×4日×10プレイ×200円=416,000円!うわぁ!もったいない!

大分遠征や熊本遠征にも行っているし、某国道を車で走りながら見つけたゲーセンに片っ端から入って1プレイして移動するDDRトライアスロンもやったので費やした金額は50万円を軽く超えているのではなかろうか。見返りがない分、パチンコよりタチ悪い。

今ではもう体力等の問題で踊ることができないであろうDDR。当時は「20年後ぐらいに場末の温泉旅館のゲームコーナーに置かれてるんじゃねぇの?」なんて話してたのですが、まだ5年ほどしか経ってないのに普通のゲーセンではほぼ見かけなくなってきましたね。5年前のブームがウソのようです。いつか結婚して子供ができて、そんで家族旅行で古びた温泉旅館に泊まって、そこで当時のDDRを見つけて、子供の前で「父さん、これでも昔はブイブイ言わせてたんだぜ!」っておもむろに200円投下してPARANOiA踊るのが夢です。次の日から子供たちは奇異の目で俺を見つめ、俺は筋肉痛で2日間寝込むのである。なんて夢だ。