カテゴリー: エッセイ

75.ウソツキ

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「だからぁ、違うって。ヒトミとは何にもないって!」

征人はウソをつくときに鼻の頭に小さな皺ができる。本人は気付いているのか気付いていないのか知らないけれど、あたしは征人と付き合いだした頃からこのクセに気付いていた。小さなウソも大きなウソも、あたしはみんなお見通しなのに征人本人はこのことに気付いていないのが可笑しくて、あたしはついつい騙されたフリをしてしまう。お人好しだなと自分でも思うけど、それは惚れた弱みという奴で、こればかりはどうしようもない。

「しょうがないなぁ征人は。もう誤解されるようなことしないでよね。」いつものように許してしまうあたし。

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「しょうがないなぁ征人は。もう誤解されるようなことしないでよね。」

貴代はそう言うと左耳にかかる髪をかき上げた。あぁ、俺の言い訳に納得してないんだな、と俺は苦笑した。左の髪をかき上げる貴代は嘘を吐いている時だ。嘘に気付かない振りをする嘘ってのも変な話だと思うけど、こうして俺たちは三年も付き合っている。いつか別れる日が来たとき、一体俺たちはどんな言葉で、どんな表情で、どんな仕草で別れの時を迎えるんだろう。もちろんそんなことなど想像もできないのだけれど。

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「汝、夫婦の神聖なる縁を結ぶことを願うか。また、これを愛し、これを慰め、これを敬い、健やかなる時も、病める時も、これを守り、その命の限り、他の者に依らず、この者のみにそうことを願うか。」

征人「はい」

貴代「はい」

二年後、彼らは結婚した。誓いの言葉を述べた征人の鼻には皺ができなかったし、貴代も髪をかき上げなかった。しかしその五年後、性格の不一致という理由で彼らは離婚した。

「やっぱり…こうするしかなかったんだよね、あたしたち…。」

「…うん、そうだな…。…俺、貴代のこと本気で愛してたよ。ごめんな。」征人の鼻に浮かぶ皺。

貴代は苦笑しながら「うん、ありがとう…。あたしも征人のこと…愛してたよ…。…さよなら。」左耳の髪をかき上げ振り返る貴代。

お互いを思いやる嘘は優しさも悲しみも包み込んで、二人の旅立ちを見守っていた。

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同じ嘘を吐くなら、悲しい嘘より優しい嘘を。

 

78.未亡人への道オフレポ~はじめてのおふかい

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未亡人への道オフ会から帰ってきました。詳細と絵はまた後ほどアップ予定。ちなみに本物のオフ会に行ったのは今日が初めて。初対面の人ばかりの中に入るのはすげぇ緊張した。変な汗とか汁とか出まくり。

照準をメインの人に合わせるのは他の方に任せて、俺が話を出来た人について語ります。

まぁ、昨日の日記にも書いたのですが、10時半と6時50分を間違えて飛び起きてしまい、仕方がないので洗濯したり掃除したりゲームしたり本を読んだり尻を掻いたり味噌を舐めたり屁をこいたり味噌を舐めたりメールをしたり味噌を舐めたりしていたらいつの間にか後ろから睡魔に襲われてました。羽交い絞めですよ。目覚めたら4時だったもの。5時までにしなきゃいけないこと盛りだくさんだったのに、慌てて準備して済ませること済ませてオフ会へ。集合場所に30分遅れて到着したのですが、もちろん誰もいませんでした、というか30数人の団体が見当たりませんでした。仕方がないので一次会の場所に直行しようとしたのですが、店を覚えていません。かろうじて「益正」は覚えていたのですが、半径1kmに益正は4軒。うん、巡った。「30数人の団体の予約入ってませんでしょうか?」と聞きじゃくった。すげぇ恥ずかしい。オフ会前から羞恥プレイ。変な汗とか汁とか出てくるし。最後の店でビンゴってのはマーフィーの法則ですか。親富孝通りをとぼとぼと歩いていたときにつじあやの似の女性とすれ違って、「ん?ひょっとして…」と思ったのですが、そんな声をかけるなんてことできるはずもなく。まさかオフ会場で再会できるとは夢にも思わず。taeさん、すいませんでした。

無事に店に辿り着いたは良かったのですが、皆さんがもう揃っていて、「はて、俺はどうやって入っていけばいいのだろうか…」普通に「オフの会場ここですか?」なんて聞いて「は?ここは筑紫丘高校30期生同窓会ですよ。オフ?プゲラ」なんて笑われたらもう立ち直れないかもしれない。むしろ勃たないかもしれない。同窓会とオフを間違えただけでトラウマEDなんてことになったらどうしようなんて考えていたのですが、普通に入っていけました。よかった筑紫丘高校の同窓会とかしてなくて。


その後は飲みつつ食いつつ喋りつつ笑いつつ、"つつ"ばかりですがつつがなく一次会は終了し(上手いコト言いましたよ)二次会のカラオケに移動。一次会のラストで同じ市内から来ているまたきちさんとトーク。年も近いし意気投合。ですが彼はイケメンだったので見とれてしまいました。竹之内豊に似てました。うん、なんかずるい。いや羨ましい。サイト公開できることを同じ空のしたから祈っております。また移動中に一次会で帰ってしまう瀬戸さんとお話していました。浴衣の似合うステキな人でした。こっそり見とれていました。内緒ですが。

しかしまぁ、なんといいますか。イケメン&美人の勢ぞろいですよ。オフ会ってもうちょっとオタク臭漂うものかと思ってましたが、オタク臭が漂ってたのは俺だけでしたね。デオドラントスプレーでこっそり隠していたのですけど。オフ会と言うよりイケメン軍団の飲み会でしたよ。事前に分かっていればプチ整形とか肉体改造とか豊胸手術とかして参加したのに。本を出していたるb-さん、膝が割れていたB1同盟のpapaさん、子供が高熱を出していたととろねぇさん、福岡に生まれた沖縄顔のりしょうさん、いろんなアビリティを持った方々に囲まれて飲むウーロン茶ってホント最高でした。車で行くんじゃなかったよホントによぅ。

このオフの目玉というかメインは二次会のカラオケでした。えぇ、生まれて初めてコスプレカラオケを経験しましたよ。誰かコスプレデリヘル呼んだのかと。女子校制服からメイド、バドガールまで。お金払わなきゃいけないかと思いました。ホント目のやり場に困りました。えぇ、ちらちらとしか見てませんが多分水色でしたよ。ウーロン茶オンリーでテンション上げるほうが無理ってもんなのですが、なんかいつの間にかテンション上がっちゃって踊っちゃいました。翌日筋肉痛になったのは内緒です。

ここまで書いて気付いたのですが、主催者のkaedeさんまことさんにぜんぜん触れてない。なんだこのオフレポ。もう少し続き書きます。記憶が薄れるその前に。想いが重なるその前に(平井堅)

kaedeさんは少年の心を持ったまま大人になったような人でした。ていうか若い。俺より年上なのに若い。ウチの近所のナントカ塗装のイケメン社長(同級生)に似てて、心の中で本気で間違えてました、すいません。左耳のピアスが可愛いなぁってずっと見とれてました。隙あらば奪おうかとすら思って…ません、ごめんなさい。まことさんは巨乳でした。巨というより爆、いや、暴乳でした。暴れてました。揺らしたら「ぶぉん!ぼぉぉぉん!」ってスターウォーズのライトセイバーみたいな音が出そうでした。どないな例えやねん。乳ばかり見ててお顔をあまり覚えていないのは内緒です。ウソです、ちゃんと覚えてますって。

そんなこんなでオフを思う存分楽しんだわけですが、残念ながら魔法が解ける12時に退散してしまったので、その後のkaedeさんの女子校生ルックを生で見ることができずに涙を飲みました。飲み干しました。一升瓶一気飲み。ぷはぁ。あんな楽しいオフ会は生まれて初めてでした。ていうかオフ会自体が人生初だったので、はじめてのおふかいがこんなに楽しいものでよかったのかと。第2回がありましたらまた是非参加したいものです。主催者のkaedeさん、まことさん、幹事のドラゴンさんをはじめとして参加された皆様、ありがとうございました!次回参加するときは自動更新処理を施し準備万端で臨みます。「更新があるので帰ります」なんて言いませんから!

(2005.7.18、7.19追記、7.20追記)

73.夏休みの思い出

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今年の夏休みはなんとなく夏らしくなくて、宿題もやる気が起きず、毎日だらだらと過ごしていました。
弟が夏休み前に事故で骨折して入院していたので、楽しみにしていた家族旅行も行けなくなってしまいました。
友達はみんな田舎のおばあちゃんちに行ったり、サエコちゃんなんて「夏休みはハワイなの!」なんて言ってたし、
マキちゃんやユカちゃんに電話をかけて遊びに行こうとも思ったのだけれど、
出かけてますって言われるのが怖かったので、結局その日は夕方まで家にいたのです。

電話がかかってきたのは夕飯を食べているときでした。
お母さんが「マリちゃん、電話よ。」と言うので、頬張っていた玉ねぎの天ぷらを慌てて飲み込んで、
電話に出てみるとそれはユカちゃんからでした。

「マリちゃん、今夜空いてる?」とユカちゃんが言うので、
お祭りか何かだろうかと思って、わくわくしながら「空いてるよ!」と答えると

「じゃあさ、学校できもだめししようよ。」なんて言うのです。

「…他に誰が来るの?」と訝しげに聞いてみると、

「マキとヒロミとあたし。男子はタカユキとエージとみっくんとそれから…」
私はどきどきしながらユカちゃんの言葉の続きを待っていました。

「オオタク。」心臓がどきんとしました。

オオタク-大村卓治。

私はオオタクのことが好きでした。
中学生になって初めての教室で隣に座っていたのがオオタクでした。
学区外から入学した私には友達が全然いなくて、
休み時間に一人でぼんやりしていたら話しかけてくれたのがオオタクだったのです。
オオタクのお陰でクラスにも馴染むことができて、友達もたくさんできました。
オオタクはいつも輪の中心にいて、それでもみんなに気配りを忘れることがなくて、
引っ込み思案な私にはオオタクはいつも眩しくて憧れの存在でした。
そんなオオタクに会えるのならば、夜の学校は少し怖い気もしたけれど、すぐに行くからと電話を切って、
少しでも可愛く見えるようにとお気に入りのワンピースを着て、
はやる気持ちを押さえながら、足早に学校に向かいました。

学校の校門前にはユカちゃんたちが待っていて、
オオタクが「おぉマリ!久し振り~!」なんて笑って手を振るのがなんだかとても嬉しくて、
私もみんなに手を振りながら駆け出していました。
私が着いて5分後にはみっくんとヒロミちゃんとタカユキが来て、8人全員が揃いました。
「よぉし、それじゃ今からルールを説明するぞぉ。」
オオタクが私たちの担任の先生の真似をしながら言うので私たちは顔を見合わせて、
それから弾けたように笑いました。

ルールは男女ペアで校舎に入ること。

1階の理科室の前を必ず通ること。

3階の視聴覚室がゴールになること。

簡単なルールを説明した後、オオタクがくじ差し出して、みんなに引かせました。
男女ペアになるようにオオタクが作ってきたくじでした。私はオオタクとペアになりたいのだけれど、
きっと二人きりでは上手くしゃべれないだろうから、エージとなら上手くしゃべれるんだけどな、
なんてどきどきしながらくじを見ると4番と書いてあり、
女の子の1番はヒロミちゃん、2番がユカちゃん、3番がマキちゃんで、
男の子は私たちの番号を確認した後、順番に手を挙げました。1番はみっくん。
2番がオオタク。3番がタカユキ、4番がエージだった。
オオタクとペアを組むことができなかったのが残念だったけれど、
エージならいつも喋ってるし、緊張することもないかななんて考えていました。

「じゃ、1番!道雄&ヒロミ、行って来ます!」

みっくんとヒロミちゃんが手をつないで校舎の中に消えていくのを確認してから、
2番目のオオタクとユカちゃん、そしてタカユキとマキちゃんがそれに続いて行った。
最後に取り残された私たちは、急に口数が少なくなって、早くみんなに追い付きたかったのだけれど、
前のペアが消えて5分後に出発ってルールだったので、エージと二人でぼんやり星を見たり、
時計を見たりしながら5分を過ごした。

「そろそろ行こっか。」エージは立ち上がって私に手を差し出したので、
私はエージの手を握って夜の校舎の中に入って行きました。夜の校舎はしんと静まり返っていて、
私たちの廊下を歩く足音が校舎全体に響いていました。
普段見慣れているはずの校舎なのに、まるで悪魔のお城に入ったかのような雰囲気があって、
火災報知器の赤いランプが炎のように見えたりして、
私は来なければよかったなんて考えたのだけれど、エージがいるから大丈夫かなとも考えて、
私はエージの右手をぎゅっと握り締めました。
エージは普段はよく喋るのに今日は全然喋らなくて、
私も男の子と手をつなぐなんてシチュエーションで緊張してしまって、
それに暗闇の怖さも手伝って、ずっと黙り込んだまま、並んで歩いていました。
理科室の前を通るとき、いろんな動物の標本や人体模型が並んでいるのが怖くて、
更に強くエージの手を握り締めたら、エージが「怖い?」と聞くので、
怖いけどエージがいるから多分大丈夫だよと答えたら、「多分ってなんだよー」って
エージが怒った真似をしたのが可笑しくて、それからようやく気分も軽くなって、
ようやくいつものように話ができるようになって、
二人でいろんな話をしながら3階の視聴覚室を目指しました。

「もうみんな待ってるだろうな。」ってエージが言ったときにようやく私はみんなのことを思い出して、
みんなに会えるのは嬉しいのだけれど、もう少しエージと一緒に話したかったななんて考えていたら、
エージが「もう少し遠回りしていく?」って言ったので、うんって頷いて、
そのまま回れ右をして、二つ隣の教室に入りました。
暗幕のように見えるのは暗闇に染まったカーテンで、
そのカーテンを開けると月の光が教室の中に差し込んで、
場違いだとは思ったのだけれど、うわぁなんて思わず声を出してしまいました。
二人で窓の外を見ながらまたいろんな話をしたのだけれど、
エージは「うん…」とか「そう…」とか、また暗いエージに戻ってしまったので、
どうしたの?ってエージの顔を覗き込んだら、エージは急に真剣な顔になって、
実は今日のきもだめしはマリと二人っきりになりたかったから俺が考えたんだとエージが話し出した。

それからエージの話はよく覚えてないけど、エージは入学したときから私のことが好きだったと言って、
夏休み前に告白しようとしたけれど、結局何も言えなくて夏休みになってしまって、
みんなにも、私にも会えなくて、それでも突然誘うのは恥ずかしくて、
それでこうして企画したんだと言った。私は突然のことでびっくりしてしまい、
顔が耳まで赤くなるような感じがしたのだけれど、
この月明かりではそこまでエージには分からないだろうと思い、
少し安心したのだけれど、エージに付き合ってほしいと言われたときには心臓がどきどきとしてしまい、
頭の中でいろんなことがぐるぐると巡って、声を出そうと思ったのだけれど、
喉が渇いて声にならなくて、
そんな私を見てエージは「返事は急がないよ。行こう。」と行って教室を出て行こうとするので、
私も慌ててエージについていきました。

視聴覚室にはみんなが既に待っていて、遅いよーとか心配したよーとか言われて、
私はみんなにゴメンゴメンと謝りながら、少し落ち着きを取り戻して、
それからみんなで校庭に出て、花火をしたのだけれど、エージと目を合わせるのが怖くて、
ずっとユカちゃんやヒロミちゃんやマキちゃんと一緒に小さな花火をしていました。

そろそろ帰ろうかという頃に、私の家と同じ方向のオオタクと一緒に帰ったのだけれど、
本当はエージに送ってもらえば良かったかな、
なんて考えてたらオオタクがぽつりと「エージはいいヤツだよ」なんて言うので、
知ってるよって答えたら「そっか」と言って、また黙ったまま自転車を押して歩き出しました。
数時間前までオオタクに憧れてたのに、今隣にいるのに全然どきどきしなくて、
私はエージのことばかり考えていました。「それじゃ」ってオオタクに家まで送ってもらって、
オオタクが自転車に乗って夜道に消えていくのを見届けてから、部屋に戻って一人になったときに、
やっぱりエージの顔が浮かんできて、急にエージの声が聞きたくなってしまって、
すぐにでもエージにさっきの答えを言いたくて、アドレスをめくってエージの電話番号を調べました。
エージの番号をダイヤルしているときに、
そのうちアドレスをめくらなくてもこの番号を覚えるんだろうな、なんてぼんやりと考えていました。

ドリーマーに100のお題より 041:悪魔、062:暗幕、065:自転車に乗って、086:だらだら

(2003.10.4)

72. はじめの一歩

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春は嫌いだ。

確かに花は咲き乱れ、風に含まれる粒子は暖かく、新学期とも相まって心が弾むと他人は言うけど。

「はっ…はっくしょん!」

…ぐしゅ…まただよ…。

ここ数年、陽介は春になるとマスクとポケットティッシュは欠かせないものになっていた。いわゆる花粉症というヤツだ。涙と鼻水は常に溢れ、薬や民間療法もほとんど効き目がない。麗らかに晴れた春の午後だというのに陽介がちっとも浮かれた顔をしていないのはそのためである。 -おまけに花粉ってヤツは晴れた日ほど多く舞いやがる- 恨めしそうにサングラス越しに空を見上げ、ポケットからティッシュを取り出し鼻をかむ陽介の横を高校生達が笑いながら過ぎていった。

できることなら早く家に帰りたかったが、今日はどうしても本屋に寄らなければならなかった。月刊誌「voice to voice」の発売日だった。今月は自信があった。

陽介は3年ほど前からその雑誌に投稿を続けていた。「voice to voice」は小説や詩などの投稿作品を募集しており、その月の入選作は誌上掲載される仕組みになっていた。何度送ったことだろう。過去、かろうじて佳作が1回。佳作に選ばれたときは、「これで俺も小説家になれる!」と意気込んでいたが、何度も落選が続くとそのたびに唇からため息が漏れた。しかし、「いつか、きっと」という思いの方が強く、こうして今回も作品を送ったのだ。

ページを開くのは告白の返事を待つほどにもどかしい。こちらは言いたいことを全て告げ、「返事、急がないから」と言い残し、その数ヵ月後に呼び出されるような心境だ。これから一緒に歩き出せるのか、未来永劫の別れになるのか、そんな大層なものではないと他人は思うだろうが、陽介にとってみれば大学の授業の片手間に書いてきたこれまでの作品と違い、大学を休学してまで書いた渾身の一作だったのだ。これで入選がなければ書くことをやめようとさえ思っている。ゆっくりとページを開き、今月の入選作を探す。

 

「今月の入選作…」

 

この涙は花粉症の所為なのか、それとも、別の涙なのか。陽介は大きくくしゃみをひとつすると、雑誌を無造作にベッドに放り投げた。

『高崎陽介氏、どうやら新境地を開拓したみたいです。この勢いで今後も投稿を続けて欲しい。』と編集部のコメントが書かれた陽介の作品は優秀作として掲載されていたのだ。

自分の思いは必ず伝わる。そう信じて続けてきたことがようやく報われた気がした。しかし、まだはじめの一歩を踏み出しただけに過ぎない。この先、まだまだ躓き転ぶこともあるだろう。そうやって自分を諌めようとも、自然に口元がほころび、安堵の涙があふれ出た。

「新境地か…。」陽介はそう呟くと西側の窓から差し込む夕日に目を細めた。花粉を運ぶ風は少し弱くなったようなきがする。少しだけ窓を開けてみようと、陽介は窓のロックを外した。

ドリーマーに100のお題より 006:別れ、011:voice、013:唇、046:花粉

71. 約束

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てっちゃんは昔からそうだった。一度決めたら意固地になって、決めたことを最後まで守り通す人だった。

てっちゃんはお母さんの言い付けをよく守った。私が今でも覚えているのは、私が大切にしていたお人形の腕をてっちゃんがもぎ取ってしまって、とてもとても悲しくておうちに帰ってもわんわん泣いて、そんなときにてっちゃんが私に謝りに来たときのこと。てっちゃんが何度も何度も謝っても、なかなか機嫌を直さない私に、「代わりに、これやる!」と言って、当時てっちゃんが大事にしていたロボットのおもちゃを差し出したときは、どうしてか分からないけど急に可笑しくなって、人形のもげた腕はお父さんに簡単に直してもらえるから大丈夫だよと私が笑ったら、てっちゃんはほっとした表情になって、もう一度「ごめんな」って謝って、それから私たちは仲直りをした。あとで話してくれたのだけれど、あのときてっちゃんはお母さんに怒られたのだそうだ。

自分より弱いものをいじめるのはいけません。鉄平、あなたは男の子でしょう。南ちゃんは女の子なんだから。鉄平が守ってあげないとダメでしょう。謝ってらっしゃい。そして許してもらえたら、ずっと南ちゃんを守ってあげなさい。

てっちゃんが照れくさそうに話すその横で私はぼんやり夕日に照らされるてっちゃんの横顔を見ていた。高校生になった今でも私のそばにいて私を守ってくれるてっちゃん。まだお互いに言葉にしたことはないけど、私はてっちゃんが好きで、てっちゃんもきっと…。

「みーなみー!100円貸してくれ!」てっちゃんが売店の前で手を合わせている。

「どしたのてっちゃん?お金ないの?」

「いや…さっきさぁ、テストの結果で池山たちと賭けてさ…。」

「よく賭けに乗ったねぇ!勉強全然してないくせにさぁ。」

「いや、今回は勉強したんだって!いつも南の部屋の明かりが消えるまで勉強してたんだぜ。」

「へー!すごいじゃん!でも…負けちゃったんだね…?」

「…あぁ…わずかに3点及ばなかったよ…。」

「ご愁傷サマ。しかたない。月末までには返してね。はい。」

「ありがと!南!」

財布から100円を出して手渡そうとしたとき、私はてっちゃんの手に触れて思わず100円を落としてしまった。そのまま100円玉は道路の方へ転がっていき、私は恥ずかしさも手伝って顔を真っ赤にしながら「あ、ご、ごめん!拾ってくる!」って道路に飛び出した。

「あ!危ない!南!」

誰かに突き飛ばされるような衝撃。

急ブレーキの甲高い音。

いろんな人の悲鳴。

救急車のサイレン。

 

てっちゃんは昔からそうだ。

決めたことは一度だって曲げたことがない。

あんな小さな頃の約束、意固地になってずっと守って。

目を開けてよ、てっちゃん。

私は無事だよ、てっちゃん。またてっちゃんに守ってもらったんだよ。

ありがとう、てっちゃん。だから目を開けてよ。

これからも守ってよ。起きて私を守ってよぉ。てっちゃん!

 

…………部屋が白い。

消毒液の匂いが鼻をつく。俺を見下ろす泣き腫らした赤い目の持ち主が南だと分かるのに10数秒を要した。「…みなみ?」

「…てっちゃん…てっちゃん!」

南に抱きつかれながら、ぼんやりしていたら、医者や看護婦が部屋に入ってきて、俺を見て皆喜んだり笑ったりしていて、俺が車にはねられて4日間寝っぱなしだったことを医者が説明してくれた。ずっと彼女が付き添っていたんだよ。素敵な彼女だね。大切にしなさいよ。そう言って医者たちは出て行き、病室は俺と南の二人きりになった。

「また…守らなきゃって…思ってるでしょ。」さっき医者に言われた言葉 -素敵な彼女だね。大切にしなさいよ- 俺の頭の中でリフレインしていた。

「…まいったな…。」

「ん?どうしたの、てっちゃん?」

「南を…大切にしなきゃいけないんだけど…その前に…。」

素敵な彼女か。

南、これからもずっとそばにいていいか?

ずっと俺が守ってやるからな。どんなことがあっても。

南が小さくうなずく。

俺は骨折している腕のことも忘れて南を強く抱きしめた。

ドリーマーに100のお題より 029:100円 030:鉄 044:南 098:賭け

(2003.10.2)

70. 祖母の家

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祖父が亡くなり、一人で残された祖母は一人でその古めかしい家に住んでいた。老人の一人暮らしは大変だろうからと両親をはじめ親戚一同は祖母に一緒に暮らそうと話を持ちかけたが、祖母は子供達の負担になるのがイヤだからと頑なにその家に住み続けた。

父に連れられ僕が遊びにいくと、祖母は相好を崩して喜んだ。僕は祖母が好きだったが、その古い家は好きではなかった。薄暗い部屋に丁寧に配置されたアンティークの家具。微動だにせずまるでこちらを見つめるような肌の白いフランス人形が怖かった。

「おばあちゃん、あの人形、怖いよ。」僕は幾度か祖母に訴えたが

「怖くないよ。あれはおじいちゃんのお土産なのよ。綺麗でしょう?」と、人形を膝に抱え、まるで自分の子をあやすかのように目を細めるのだった。

祖母の話に出てくる祖父しか僕は知らない。祖父は若い頃、欧米を旅行し、その魅力に取り付かれ、いい年をしてというのも失礼だと思うが、当時は海外に何度も足を運んでいたらしい。僕が生まれたときは祖父母は大層喜んだらしいが、僕が物心ついた時には祖父は既にこの世を去っていた。僕の名前は祖父が付けたものらしく、小さな頃はこの仰々しい名前が好きではなかったが、祖母は祖父の名からとった僕の名前を気に入っており、10数人いる孫の中でも特に僕を贔屓にしていた気がした。

その祖父母の家が取り壊される。僕が就職4年目にしてようやく結婚を決め、実家を出るのと入れ替わるように祖母が両親の家に越してくることになった。披露宴を1週間後に控えた日曜日に僕と婚約者はその家を見に行った。

重機が庭に入るとその家は小さく見えた。子供の頃は大きくて暗くて怖かったその家も今では所在をなくして小さく肩をすぼめているかのようだった。祖母は黙って取り壊す作業を見ていたが、突然わっと泣き始めた。「お祖父さん!お祖父さん!」と泣き崩れる祖母の肩を抱きとめたのは僕の婚約者だった。

帰り道の車の中、僕と婚約者はただただ無言で過ごした。壊される家。泣き崩れる祖母。運び出されたアンティークな家具。祖父母が愛した家。僕らを黙らせるに十分な時の重みがそこにはあった。

「本当はさ…。」婚約者がぽつりと口にした。

「お祖母さんは…子供に負担をかけたくないとか、家が好きだからとかは言い訳だったんじゃないかな。誰よりも…そして今でも、お祖父さんの事が好きだったんだと思う。」

呟くように話す彼女に「そうだな。」と短く答え、前を向く。

婚約者を自宅で下ろしたとき、

「あんなお祖母さんになりたいな。」と彼女は呟いた。

「幸せにしてね、欧英(たかひで)」

僕は彼女をぎゅっと抱きしめ、おでこに軽くキスをした。

ドリーマーに100のお題より 017:負担 036:アンティーク 060:怖い 100:すき

(2003.10.1)

69. 神童

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マナブさんは昔、神童と呼ばれていました。去年は新郎と呼ばれたこともありました。今では再び新郎となることも可能な戸籍になりました。更に今は遅漏です。ウソです。でも早くはないです。前戯が長いです。でもモノはあまり長くないです。何を書いているんですか、このバカ者は。何の話でしたっけ。そうそう、神童です。

マナブさんの神童ぶりは1歳半の頃に開花したと親戚一同から聞いています。親戚一同が認めているのもすごいとは思うのですが。

とある日、マナブさん(1歳半)はおじいちゃんとおばあちゃんが生活している隠居部屋にいました。太陽の光が残るその部屋はぽかぽかと暖かく、マナブさんはついつい、粗相をしてしましました。粗相と書いてはいますが、ぶっちゃけウンコを漏らしたのです。畳の上に。

「しまった!」と1歳半のマナブさんは思いました。ここからがマナブさんの神童っぷりが全開です。ちょうど部屋には誰もいません。「…証拠隠滅せねば…」西日の傾く部屋でマナブさんは目を細め静かに呟きました。このころからダンディの要素はあったみたいです。神童たる所以です。

すばやく近くにあった箒を手に取ると、マナブさんは畳の上のブツ(=ウンコ)を猛烈な勢いで掃き始めたのです。箒に掃かれ畳の上で転がるブツ(=ウンコ)。少しずつながらも小さくなるブツ(=ウンコ)。無事に縁側から庭に排出したときには3分の1くらいの大きさになっていたのではないでしょうか。

マナブさんは一仕事終えた満足感と、額から流れる汗に充足感を覚え、スキップしながら部屋を去ろうとしたとき、「なんじゃあこりゃあぁぁぁっ!」従姉妹の絶叫。

畳の目に詰まったウンコを取り除くのに2日を要したそうです。両親や伯父さん伯母さんが総出で部屋を雑巾がけしている最中、「このクソガキがぁっ!」と従姉妹に叩かれ続けたマナブさんは「あぁ、畳の上でウンコを掃いちゃいけないんだな。」という思いと「あぁ、ウンコとクソで掛詞かぁ。」という神童らしい解析をしながら小さな胸に一つのトラウマを刻み込んでいました。

いずれ自分に子供が生まれたら、「掃除機」という文明の利器があることを教え込みたいと思います。

(2003.9.13)

67. マニュアル

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巷にはマニュアルが溢れています。犬の飼い方、猫の飼い方からニシキヘビの飼い方、フォレストデビル(サソリ)の飼い方、タイガーレッグ(ムカデ)の飼い方。もう地球上で飼い馴らす事のできない動物は人間だけみたいですが、探せばきっと「完全監禁マニュアル」なんて本もあるはずです。完全自殺マニュアル、完全犯罪マニュアル、完全薬物マニュアルなどは興味本位で読んでみたい本の一つではありますが、実際に行おうとは到底思いません。マニュアルの中には実行してはいけない項目も含まれているのです。

パソコンの取扱説明書などにも「CAUTION!」なんて書かれていることがありますが、素人さんは手を出しちゃいけません。手を出しちゃうと堅気の世界へ戻ってこられなくなります。手を出したおかげでとんでもない目にあったことがある俺が言うのだから間違いない。

ここに一冊のマニュアルがあります。タイトルは敢えて伏せておきます。

取扱説明書

第1章 基本的な使い方

当機はお客様だけにオーダーメイドされたものでございます。どのように使用するかはお客様次第ですが、末永く愛用いただくためにも以下の注意点を厳守いただき、これからの人生を送られることをお祈りいたします。

  1. 当機はデリケートです。操作は優しく行ってください。
  2. 屋外でのご使用はお控えください。法に触れる恐れがございます。
  3. 音量はできるだけ抑えてご使用ください。近所迷惑になります。
  4. 連続のご使用はご遠慮ください。たまには休みましょう。
  5. 無理な操作は危険です。人体に影響を及ぼす恐れがございます。
  6. 多人数での使用はおやめください。

第2章 応用編

1.体調が優れないときのご使用

あまりお勧めはできませんが、栄養ドリンク等を飲み使用しましょう。長期間使用しないと不機嫌になる可能性がございます。

2.日中のご使用

カーテン等を閉めるなどして使用してください。盗聴盗撮などの恐れがございます。

3.使用した後は

ご使用の後もお手入れを念入りに行いましょう。末永くご使用いただくために使用後は柔らかい布やティッシュ等で拭いてください。漂白剤などはご使用にならないようお願いします。

第3章 子機の増設について

1.子機を増設するには

普段カバーをつけたまま親機を使用されている場合はカバーを外してご使用いただきますと、10ヵ月後ぐらいに子機をお届けいたします。当方の都合、またお客様の体調等により、遅れる、若しくは発送されない場合もございます。子機は別途使用料がかかります。手もかかります。あらかじめご了承ください。

2.子機を解約するには

一度増設された子機は解約できませんが、20年ほど経てば子機を親機として使用することができます。

3.子機の増設台数

子機は何台でも増設できますが、家計のことを考え、計画的に増設しましょう。

第4章 機種変更、解約手続きについて

1.機種変更するには

機種を変更するには、まず解約手続きをしなければなりません。お近くの公的代理店にて解約書を請求していただき、記入後、提出をお願いします。早ければ5分後には解約できます。機種変更の場合は、男性はすぐ新機種を購入することができますが、女性のお客様の場合は半年ほどお待ちいただかなくてはならないことをあらかじめご了承ください。なお、子機を増設された場合、機種変更しても子機がそのまま使用できる場合と、使用せざるを得ない場合と、全く使用できなくなる場合がございます。代理店にご相談ください。なお、使用できなくなっても引き続き使用料がかかる場合がございます。あらかじめご了承ください。老婆心ながら、できるだけ解約されずに、長期間使用することをお勧めします。

第5章 トラブル?と思ったら

  1. 接続先を間違っていませんか?もう一度ご確認ください。
  2. 接続先が応答しない場合は、優しくボタンを押してみてください。
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  5. 同時に外の機種を使用すると、思わぬトラブルの原因となります。

一体何のマニュアルなのか?

53.恋人

Published / by Manabu

2本目のタバコが灰になる頃、僕はようやく部屋に帰りついた。

今ごろ君を乗せた電車は知らない町へ君を運んで行くんだろう。

久し振りに友達と馬鹿騒ぎして、気分良く帰ってきた午前2時。

部屋の灯りが消えているのを気にも留めず、そのままベッドに倒れこんだ。

テーブルの上の君の書き置きにも気付かずに。

翌朝、左手に君の体温を感じなかった僕は慌てて飛び起き、

けれど次の瞬間、「痛っ…!」

二日酔いだ…確かに昨日は飲みすぎた気もする。

とりあえず水を飲もうとキッチンへ。

コップの水を一気に飲み干したあと、テーブルを見るとなにやらメモが。

いや、メモというより書き置きか。

見慣れた、あまり上手とは言えない君の文字。

「しばらく帰らないから」

何度読み返してもそれ以上の文字はなく、僕の頭の中は真っ白になった。

慌てて君の携帯電話にコール。

2回…3回…4回…

コールがなかなか途切れない。

もう一度かけ直そうかと思ったとき、「…もしもし…?」

小さく君の声が聞こえた瞬間、馬鹿みたいだけどホッとして涙がこぼれそうになったんだ。

「もしもし、俺だけど…今どこにいるの?」

「…今は…言えない…」

「言えないじゃないだろっ!心配してんだよ。どこなんだよ?」

「…駅…」

「…わかった…今から10分くらいでそこ行くから、着いたらまた連絡するから待ってんだよ。」

「…うん…」

君の声はだんだん涙声になっていった。

僕は車のキーをつかんで、飛び出した。

もう二日酔いもすっかり覚めてしまった。

駅で君を見つけたとき、君の髪はボサボサで、頬には幾筋もの涙のあとが。

「そんなカッコじゃどこにも行けないだろ。とりあえず乗りなよ。」

君は素直にうなずいて、僕の後に従った。

いつもの元気な君の姿はなく、小さい君がいつもより小さく見えた。

そういえば、君をこんなに真っ直ぐに見るのって久し振りのような気もしたんだ。

部屋に着いて、僕らは床に座り、ただ言葉もなくお互いを見つめることさえもできなかった。

感覚で分かっていた。

口を開けばそれがお互いを傷付け合うということを。

そっと君をみる。

前より少し伸びた髪。

見たことのないジーンズ。

痩せた頬。

初めて見るような視線を投げる僕に君はようやく口を開いた。

「…ずっとね…考えてたんだ…」

君が語ったことは的確に僕を傷付けた。

いや、それは正確な表現じゃない。

僕が君を傷付けていたことを的確に僕に伝えてくれたんだ。

それは誤解やすれ違いの結果に生まれた歪だった。

一息ついて君は小さく呟いた。

「…もう嫌いになったんでしょ…?」

「そんなんじゃないっ!!」

思わず声が大きくなってしまった僕を、君はビックリした目で見つめたあと、

静かに涙を流し始めた。

「ごめん…大きな声だして…怒鳴るつもりはなかったんだけど…」

君はゆっくりと、それから激しく首を横に振ったあと、しぼり出すように

「…もう…このままじゃ…私たちダメになる…。」

小さく、けれどはっきりとした声で言った。

このまま二人で一緒にいたって同じことの繰り返しかもしれない。

ただ、君ともう一度やり直したい。

そのためには僕らにはもう少し時間が必要だった。

お互いが一人になって考える時間が。

君がいなくなったこの部屋は少し気温が下がった気がする。

それは僕に君が必要なのだと思わせるための錯覚かもしれない。

ただ、もう少し考えてみよう。

君が戻ってくるまで。

僕はこの部屋でずっと君を待ってる。

最後に見せた君の笑顔を信じてる。

(2002.8.15)

Inspired by "恋人" from Album「ゆっくり風呂につかりたい」/ KAN

49.THE END OF THE WORLD

Published / by Manabu

ほんのちょっと 出会うタイミングが悪かっただけ。

お互いに電話番号を知っているのに、会う約束をするのはメールで。お互いの住んでるところは知っているのに、会う場所はいつも人込みの中で。君とこうして会うようになって半年が過ぎた。最初の出会いは共通の友人を通じての食事の席。お互いに電話番号交換するだけで終わったその翌週、君から突然の電話。

それから何度か一緒に食事をして、お酒を飲んで、話をしたりしたけど、いつも二人で会うときは雨の日で、「日頃の行いが悪いからだね」って笑ったけど、なんとなく気持ちのどこかでそのことを笑えずにいた。

お互いのことを知らない街で、傘に隠れるように、手をしっかりと繋いで歩く僕らは他の誰から見ても普通の恋人のように見えるだろうけど、それでもぎこちない恋はそれ以上のものを求めようとはしなかった。

怖かったんだ。

君ともう少し早く出会えたら、陽の光の下を君と歩くことが出来ただろう。全ては仮定形での話になってしまい、帰り際に「またね」さえも言えないままに。

それでも

たとえ誰にも祝福されなくとも、これを愛と呼ぶことが許されるのなら、今、このときだけ、君を僕のものにしたい。君が同じ気持ちでいることも分かっていた。足りない何かを埋めあうように、その夜僕らはひとつになった。

君の顔さえもはっきりと見えない薄暗い部屋の中、見た目より細い君の身体を抱きしめたとき、君が耳元でそっと「好きだよ」って囁いた。誰にも聞こえないようなその声は、僕らを更に哀しくさせて、僕は君にかける言葉を見つけることが出来ないまま、君を強く抱きしめた。それが今の僕に出来る精一杯の答えだった。

外に出た頃には雨も止んで、かすかな月の青い光が二人を照らす。まだ暗いうちにさよならを言うことをためらう僕。そっと君を見つめると、まるで世界が終わるかのような顔をするから、何も言えなくなってまた君を抱き寄せ唇を重ねた。

今夜も「またね」と言えないままに。

(2002.7.8)

Inspired by “THE END OF THE WORLD” from Album「UNDERWEAR」/ 槇原敬之