カテゴリー: 絵日記

W is for WWW

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What a Wonderful World!

www

World Wide WebだかWhat a Wonderful Worldだか知らないがWなのでWのつく単語を並べときゃなんとかなるんじゃねーのかなんて安易な気持ちで書いてたらいつの間にか睡魔に襲われちゃったよ、っていうお話。

ちなみに鼠の国には20年前に1度行っただけ。って、もうあれから20年かよ。つくば万博万歳。

そういえばこないだ居酒屋でどこかのオヤジが「愛・地球博に行ってくる!9泊10日で、愛知9泊、なんつって」…いや、ごめんウソです。

F is for Finding

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探し物はなんですか

Finding

昨日はエンドレスというかあまり意味のない文章を書いたわけですが、実はあの文章の中に歌詞を引用した個所があります。クイズです。引用部分は何箇所でしょうか?正解者の中から抽選で1名様に銀色ノ涙オリジナルグッズを差し上げません。そんなものありません。

それはそうと、今日はFireworkとも考えたのですが、花火にまつわる話もそうそう思い出さないね。先日押入れの奥から古くなった花火が出てきたので、燃えるゴミだろうか燃えないゴミだろうかと小一時間悩みましたが、燃えるかもしれないゴミという区分をそろそろ作って欲しいものだと思う今日この頃です。

ま、押入れの奥から三尺玉が出てきたらそりゃ困るが、線香花火程度なら燃えるゴミでよいのだろうな。むしろ燃やしてそのカスをゴミにすべきだったか。

E is for Endless

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ニョキニョキ

Endless

夢かと思ってほっぺたを抓ってみたら思いのほか痛かったので「母さん、絆創膏を知りませんか?ついでに僕の麦藁帽子どこへ行ったんでしょうね?」「知らないわよ。マサルおじさんに聞いてみたらいいじゃない。3歳の頃からあなたを可愛がってくれたのよ。母さんは歯医者に行かなくちゃ行けないから。」そういい残して母は自転車をキーコキーコと漕いで行ってしまったので、僕は一人残された悲しさから電話片手に「ピザカリフォルニアですか?照り焼きチキンピザLサイズを2枚、それからこのカクテルをあちらのお嬢さんに」「かしこまりました」マスターは恭しく頭を下げ、そっと目配せをした。心臓が高鳴る。これは恋なのかもしれない。そっと彼女を盗み見ると彼女は少し照れたように俯いていた。彼女の笑顔が見てみたい。彼女は僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう。センターライン付近から勢いよく放り投げたボールは鮮やかな放物線を描き、ゴールに吸い込まれそうになる直前で失速し、審判の顔を直撃。僕らは試合も忘れて大笑い。みんなも笑ってる。お日様も笑ってる。ルルルルルル~今日もいい天気、洗濯日和だ。今日はシーツも洗ってしまおう。君がどうしていなくなったのか答えを探すように洗濯機が回るのを眺めていた。だんだんと目が回り意識が朦朧とする中、遠くから「…デラ・ギポン・デ・リルカ…」と呪文のような歌が聞こえる。4本目の指がなくなる頃、いつか見ていた夢も終わるのだろうか。むしろこれは夢ではないのか。僕はそう思ってほっぺたを抓ってみたら思いのほか痛かったので「母さん、絆創膏を知りませんか?ついでに僕の麦藁帽子どこへ行ったんでしょうね?」「知らないわよ。マサルおじさんに聞いてみたらいいじゃない。3歳の頃からあなたを可愛がってくれたのよ。母さんは歯医者に行かなくちゃ行けないから。」そういい残して母は自転車をキーコキーコと漕いで行ってしまったので、僕は一人残された悲しさから電話片手に「ピザカリフォルニアですか?照り焼きチキンピザLサイズを2枚、それからこのカクテルをあちらのお嬢さんに」「かしこまりました」マスターは恭しく頭を下げ、そっと目配せをした。心臓が高鳴る。これは恋なのかもしれない。そっと彼女を盗み見ると彼女は少し照れたように俯いていた。彼女の笑顔が見てみたい。彼女は僕がロングシュート決めたらどんな顔する…

D is for DDR

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夢見る頃を過ぎても

DDR

PARANOiA MAX!(偏執病最大!)<挨拶

マナブです。僕秩のパクリからスタートです。

1998年12月18日金曜日、俺が初めてDDRをプレイした日です。この日から約1年間、ほぼ毎日踊り狂っていました。いや、正確には踊らされていたのかもしれません。過去ログを漁ってみたところ、99年5月にDDRチームDazaifu Deadly Dancers、通称Triple-Dを結成。同年8月にたかがゲームのために大分遠征。9月にはトリアス久山での大会で2位に入賞しているようだった。どんだけ頑張ってんねん20代の俺。

概算で申し訳ないが1プレイ200円を週4日、1日10プレイ踊っていたとして52週×4日×10プレイ×200円=416,000円!うわぁ!もったいない!

大分遠征や熊本遠征にも行っているし、某国道を車で走りながら見つけたゲーセンに片っ端から入って1プレイして移動するDDRトライアスロンもやったので費やした金額は50万円を軽く超えているのではなかろうか。見返りがない分、パチンコよりタチ悪い。

今ではもう体力等の問題で踊ることができないであろうDDR。当時は「20年後ぐらいに場末の温泉旅館のゲームコーナーに置かれてるんじゃねぇの?」なんて話してたのですが、まだ5年ほどしか経ってないのに普通のゲーセンではほぼ見かけなくなってきましたね。5年前のブームがウソのようです。いつか結婚して子供ができて、そんで家族旅行で古びた温泉旅館に泊まって、そこで当時のDDRを見つけて、子供の前で「父さん、これでも昔はブイブイ言わせてたんだぜ!」っておもむろに200円投下してPARANOiA踊るのが夢です。次の日から子供たちは奇異の目で俺を見つめ、俺は筋肉痛で2日間寝込むのである。なんて夢だ。

C is for Chinese

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アイヤ~

Chinese

ニィハォマドゥモァゼル!中華と聞くと餃子しか思いつかない貧困極まりないマナブです、こんばんは。最初の挨拶台無し。

中国、一昨日あたりから大変なことになっているみたいです。やはり文化の違い、価値観、歴史、その他諸々が国を動かすのでしょうね。政府官僚の皆様にはなんとか相互理解を得ていただきたいものです。

俺が小学校3年生のとき、担任の若松先生はそれはそれは厳しい先生で有名でした。何人ものクラスメイトが若松先生のビンタの餌食になったものです。佐藤君なんかビンタされて廊下までふっとんでったもの。今だったら体罰教師って陰口叩かれてもおかしくない。でも「悪いことをしたから叩かれているんだ」と子供心ながらに納得していましたね、あの頃は。逆ギレする生徒なんていなかった。素直な子供だったのですよ、一応は。

そんな厳しい若松先生だったのですが、授業中はギャグを飛ばすこともしばしばありまして。若松先生の十八番は「ワタシ中国人!パーカチルナー!アナタ何言ッテルカ分カラナイアルヨ!」と一つ間違えばキチ○イか人種差別とも思えるものでした。

しかしそこは素直な41人の子供たち。「~アルヨ」と語尾につければ誰でも中国人。誰もが挙って「~アルヨ!ハラショー!」と俄かゼンジー北京状態。若松先生も苦笑していたに違いない。

中華料理を食べるたびに「パーカチルナー!」を思い出す。若松先生、一昨日からテレビ見てて気付いたけど、中国人は誰も「~アルヨ!」なんて喋っていませんでしたよ。

こんな小さな間違いを少しずつ訂正していけば、お互いの国の相互理解が深まると思うのでアルヨ。