春は嫌いだ。
確かに花は咲き乱れ、風に含まれる粒子は暖かく、新学期とも相まって心が弾むと他人は言うけど。
「はっ…はっくしょん!」
…ぐしゅ…まただよ…。
ここ数年、陽介は春になるとマスクとポケットティッシュは欠かせないものになっていた。いわゆる花粉症というヤツだ。涙と鼻水は常に溢れ、薬や民間療法もほとんど効き目がない。麗らかに晴れた春の午後だというのに陽介がちっとも浮かれた顔をしていないのはそのためである。 -おまけに花粉ってヤツは晴れた日ほど多く舞いやがる- 恨めしそうにサングラス越しに空を見上げ、ポケットからティッシュを取り出し鼻をかむ陽介の横を高校生達が笑いながら過ぎていった。
できることなら早く家に帰りたかったが、今日はどうしても本屋に寄らなければならなかった。月刊誌「voice to voice」の発売日だった。今月は自信があった。
陽介は3年ほど前からその雑誌に投稿を続けていた。「voice to voice」は小説や詩などの投稿作品を募集しており、その月の入選作は誌上掲載される仕組みになっていた。何度送ったことだろう。過去、かろうじて佳作が1回。佳作に選ばれたときは、「これで俺も小説家になれる!」と意気込んでいたが、何度も落選が続くとそのたびに唇からため息が漏れた。しかし、「いつか、きっと」という思いの方が強く、こうして今回も作品を送ったのだ。
ページを開くのは告白の返事を待つほどにもどかしい。こちらは言いたいことを全て告げ、「返事、急がないから」と言い残し、その数ヵ月後に呼び出されるような心境だ。これから一緒に歩き出せるのか、未来永劫の別れになるのか、そんな大層なものではないと他人は思うだろうが、陽介にとってみれば大学の授業の片手間に書いてきたこれまでの作品と違い、大学を休学してまで書いた渾身の一作だったのだ。これで入選がなければ書くことをやめようとさえ思っている。ゆっくりとページを開き、今月の入選作を探す。
「今月の入選作…」
この涙は花粉症の所為なのか、それとも、別の涙なのか。陽介は大きくくしゃみをひとつすると、雑誌を無造作にベッドに放り投げた。
『高崎陽介氏、どうやら新境地を開拓したみたいです。この勢いで今後も投稿を続けて欲しい。』と編集部のコメントが書かれた陽介の作品は優秀作として掲載されていたのだ。
自分の思いは必ず伝わる。そう信じて続けてきたことがようやく報われた気がした。しかし、まだはじめの一歩を踏み出しただけに過ぎない。この先、まだまだ躓き転ぶこともあるだろう。そうやって自分を諌めようとも、自然に口元がほころび、安堵の涙があふれ出た。
「新境地か…。」陽介はそう呟くと西側の窓から差し込む夕日に目を細めた。花粉を運ぶ風は少し弱くなったようなきがする。少しだけ窓を開けてみようと、陽介は窓のロックを外した。
ドリーマーに100のお題より 006:別れ、011:voice、013:唇、046:花粉