「だからぁ、違うって。ヒトミとは何にもないって!」
征人はウソをつくときに鼻の頭に小さな皺ができる。本人は気付いているのか気付いていないのか知らないけれど、あたしは征人と付き合いだした頃からこのクセに気付いていた。小さなウソも大きなウソも、あたしはみんなお見通しなのに征人本人はこのことに気付いていないのが可笑しくて、あたしはついつい騙されたフリをしてしまう。お人好しだなと自分でも思うけど、それは惚れた弱みという奴で、こればかりはどうしようもない。
「しょうがないなぁ征人は。もう誤解されるようなことしないでよね。」いつものように許してしまうあたし。
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「しょうがないなぁ征人は。もう誤解されるようなことしないでよね。」
貴代はそう言うと左耳にかかる髪をかき上げた。あぁ、俺の言い訳に納得してないんだな、と俺は苦笑した。左の髪をかき上げる貴代は嘘を吐いている時だ。嘘に気付かない振りをする嘘ってのも変な話だと思うけど、こうして俺たちは三年も付き合っている。いつか別れる日が来たとき、一体俺たちはどんな言葉で、どんな表情で、どんな仕草で別れの時を迎えるんだろう。もちろんそんなことなど想像もできないのだけれど。
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「汝、夫婦の神聖なる縁を結ぶことを願うか。また、これを愛し、これを慰め、これを敬い、健やかなる時も、病める時も、これを守り、その命の限り、他の者に依らず、この者のみにそうことを願うか。」
征人「はい」
貴代「はい」
二年後、彼らは結婚した。誓いの言葉を述べた征人の鼻には皺ができなかったし、貴代も髪をかき上げなかった。しかしその五年後、性格の不一致という理由で彼らは離婚した。
「やっぱり…こうするしかなかったんだよね、あたしたち…。」
「…うん、そうだな…。…俺、貴代のこと本気で愛してたよ。ごめんな。」征人の鼻に浮かぶ皺。
貴代は苦笑しながら「うん、ありがとう…。あたしも征人のこと…愛してたよ…。…さよなら。」左耳の髪をかき上げ振り返る貴代。
お互いを思いやる嘘は優しさも悲しみも包み込んで、二人の旅立ちを見守っていた。
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同じ嘘を吐くなら、悲しい嘘より優しい嘘を。