71. 約束

てっちゃんは昔からそうだった。一度決めたら意固地になって、決めたことを最後まで守り通す人だった。

てっちゃんはお母さんの言い付けをよく守った。私が今でも覚えているのは、私が大切にしていたお人形の腕をてっちゃんがもぎ取ってしまって、とてもとても悲しくておうちに帰ってもわんわん泣いて、そんなときにてっちゃんが私に謝りに来たときのこと。てっちゃんが何度も何度も謝っても、なかなか機嫌を直さない私に、「代わりに、これやる!」と言って、当時てっちゃんが大事にしていたロボットのおもちゃを差し出したときは、どうしてか分からないけど急に可笑しくなって、人形のもげた腕はお父さんに簡単に直してもらえるから大丈夫だよと私が笑ったら、てっちゃんはほっとした表情になって、もう一度「ごめんな」って謝って、それから私たちは仲直りをした。あとで話してくれたのだけれど、あのときてっちゃんはお母さんに怒られたのだそうだ。

自分より弱いものをいじめるのはいけません。鉄平、あなたは男の子でしょう。南ちゃんは女の子なんだから。鉄平が守ってあげないとダメでしょう。謝ってらっしゃい。そして許してもらえたら、ずっと南ちゃんを守ってあげなさい。

てっちゃんが照れくさそうに話すその横で私はぼんやり夕日に照らされるてっちゃんの横顔を見ていた。高校生になった今でも私のそばにいて私を守ってくれるてっちゃん。まだお互いに言葉にしたことはないけど、私はてっちゃんが好きで、てっちゃんもきっと…。

「みーなみー!100円貸してくれ!」てっちゃんが売店の前で手を合わせている。

「どしたのてっちゃん?お金ないの?」

「いや…さっきさぁ、テストの結果で池山たちと賭けてさ…。」

「よく賭けに乗ったねぇ!勉強全然してないくせにさぁ。」

「いや、今回は勉強したんだって!いつも南の部屋の明かりが消えるまで勉強してたんだぜ。」

「へー!すごいじゃん!でも…負けちゃったんだね…?」

「…あぁ…わずかに3点及ばなかったよ…。」

「ご愁傷サマ。しかたない。月末までには返してね。はい。」

「ありがと!南!」

財布から100円を出して手渡そうとしたとき、私はてっちゃんの手に触れて思わず100円を落としてしまった。そのまま100円玉は道路の方へ転がっていき、私は恥ずかしさも手伝って顔を真っ赤にしながら「あ、ご、ごめん!拾ってくる!」って道路に飛び出した。

「あ!危ない!南!」

誰かに突き飛ばされるような衝撃。

急ブレーキの甲高い音。

いろんな人の悲鳴。

救急車のサイレン。

 

てっちゃんは昔からそうだ。

決めたことは一度だって曲げたことがない。

あんな小さな頃の約束、意固地になってずっと守って。

目を開けてよ、てっちゃん。

私は無事だよ、てっちゃん。またてっちゃんに守ってもらったんだよ。

ありがとう、てっちゃん。だから目を開けてよ。

これからも守ってよ。起きて私を守ってよぉ。てっちゃん!

 

…………部屋が白い。

消毒液の匂いが鼻をつく。俺を見下ろす泣き腫らした赤い目の持ち主が南だと分かるのに10数秒を要した。「…みなみ?」

「…てっちゃん…てっちゃん!」

南に抱きつかれながら、ぼんやりしていたら、医者や看護婦が部屋に入ってきて、俺を見て皆喜んだり笑ったりしていて、俺が車にはねられて4日間寝っぱなしだったことを医者が説明してくれた。ずっと彼女が付き添っていたんだよ。素敵な彼女だね。大切にしなさいよ。そう言って医者たちは出て行き、病室は俺と南の二人きりになった。

「また…守らなきゃって…思ってるでしょ。」さっき医者に言われた言葉 -素敵な彼女だね。大切にしなさいよ- 俺の頭の中でリフレインしていた。

「…まいったな…。」

「ん?どうしたの、てっちゃん?」

「南を…大切にしなきゃいけないんだけど…その前に…。」

素敵な彼女か。

南、これからもずっとそばにいていいか?

ずっと俺が守ってやるからな。どんなことがあっても。

南が小さくうなずく。

俺は骨折している腕のことも忘れて南を強く抱きしめた。

ドリーマーに100のお題より 029:100円 030:鉄 044:南 098:賭け

(2003.10.2)

5周年

【今日のお題】029:100円、030:鉄、044:南、098:賭け(本文はこちら

一番最初のサイト「P’s Music Office.」を立ち上げてから5年経ちました。P’s Music Office. → NEVERLAND → 銀色ノ涙 と、タイトルを変え、休止を経て、ようやく5周年です。

5年前の今日、俺は親富孝通りで飲んでいたらしい。しかも一人でだ。彼女がいないとぼやいていた。5年の月日は人を大きく変えるものだとしみじみとしてしまった。

5年前に、まさか戸籍に×がつくなんて考えてもなかったなぁ。

25歳の俺に、そしてもうすぐ31歳になるマナブさんに乾杯。酒好きなのは相変わらず。

新企画スタート

ドリーマーに100のお題

今月はこの「100」に挑戦。一日ランダムに3~4つのお題を元にESSAYを書こうと思います。

【今日のお題】017:負担、036:アンティーク、060:怖い、100:すき (本文はこちら

しょっぱなから飛ばしてみた。このテンションが維持できるか、心配ではあるがそこは後先を考えないマナブさん。昨日のことなど覚えちゃいない。明日のことは分からない。

ぶっちゃけ、出たとこ勝負。

70. 祖母の家

祖父が亡くなり、一人で残された祖母は一人でその古めかしい家に住んでいた。老人の一人暮らしは大変だろうからと両親をはじめ親戚一同は祖母に一緒に暮らそうと話を持ちかけたが、祖母は子供達の負担になるのがイヤだからと頑なにその家に住み続けた。

父に連れられ僕が遊びにいくと、祖母は相好を崩して喜んだ。僕は祖母が好きだったが、その古い家は好きではなかった。薄暗い部屋に丁寧に配置されたアンティークの家具。微動だにせずまるでこちらを見つめるような肌の白いフランス人形が怖かった。

「おばあちゃん、あの人形、怖いよ。」僕は幾度か祖母に訴えたが

「怖くないよ。あれはおじいちゃんのお土産なのよ。綺麗でしょう?」と、人形を膝に抱え、まるで自分の子をあやすかのように目を細めるのだった。

祖母の話に出てくる祖父しか僕は知らない。祖父は若い頃、欧米を旅行し、その魅力に取り付かれ、いい年をしてというのも失礼だと思うが、当時は海外に何度も足を運んでいたらしい。僕が生まれたときは祖父母は大層喜んだらしいが、僕が物心ついた時には祖父は既にこの世を去っていた。僕の名前は祖父が付けたものらしく、小さな頃はこの仰々しい名前が好きではなかったが、祖母は祖父の名からとった僕の名前を気に入っており、10数人いる孫の中でも特に僕を贔屓にしていた気がした。

その祖父母の家が取り壊される。僕が就職4年目にしてようやく結婚を決め、実家を出るのと入れ替わるように祖母が両親の家に越してくることになった。披露宴を1週間後に控えた日曜日に僕と婚約者はその家を見に行った。

重機が庭に入るとその家は小さく見えた。子供の頃は大きくて暗くて怖かったその家も今では所在をなくして小さく肩をすぼめているかのようだった。祖母は黙って取り壊す作業を見ていたが、突然わっと泣き始めた。「お祖父さん!お祖父さん!」と泣き崩れる祖母の肩を抱きとめたのは僕の婚約者だった。

帰り道の車の中、僕と婚約者はただただ無言で過ごした。壊される家。泣き崩れる祖母。運び出されたアンティークな家具。祖父母が愛した家。僕らを黙らせるに十分な時の重みがそこにはあった。

「本当はさ…。」婚約者がぽつりと口にした。

「お祖母さんは…子供に負担をかけたくないとか、家が好きだからとかは言い訳だったんじゃないかな。誰よりも…そして今でも、お祖父さんの事が好きだったんだと思う。」

呟くように話す彼女に「そうだな。」と短く答え、前を向く。

婚約者を自宅で下ろしたとき、

「あんなお祖母さんになりたいな。」と彼女は呟いた。

「幸せにしてね、欧英(たかひで)」

僕は彼女をぎゅっと抱きしめ、おでこに軽くキスをした。

ドリーマーに100のお題より 017:負担 036:アンティーク 060:怖い 100:すき

(2003.10.1)